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札幌高等裁判所 昭和25年(う)702号 判決

控訴人 被告人 大山東一

弁護人 山田清壱

検察官 小松不二雄関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人山田清壱の控訴趣意は別紙記載のとおりである。

第一点について。

原判決引用の証人村上雄治の原審公判廷における供述によると、同証人は弁護人主張の如き供述をなしていること所論指摘のとおりである。しかし、原判決引用の証人神藪キヨ、同石川長子の原審公判廷における各供述によると、被告人は村上雄治を自転車から引きおろしざま平手で同人を殴打したことが認められるのであつて、その各供述と原判決認定の事実とを対照して考えると、原審は証人村上雄治の前示供述部分はこれを証拠に採用しなかつたことが認められるから、原判決には所論のような事実の誤認がない。論旨は理由がない。

第三点について。

原判示事実と、その挙示の証拠を彼此綜合して考察すると、証人重信元馬の原審公判廷における供述中村上雄治の傷害に関する供述部分はこれを証拠として採用していないことが窺い知ることができるから、原判決には所論のような違法は存しない。しかのみならず、所論は、原判決が認定した被告人の単純暴行々為を傷害罪と認めて処断すべきであると主張するものであつて、即ち、被告人に利益である処分を却つて、その不利益に判決を是正せしめようとするものに外ならない。かくの如きは控訴理由として許すべからざるものといわなくてはならない。以上いづれの点からしても、論旨は理由がない。

第二点について

本件記録に現われている諸般の情状を参酌考察すると、原審が被告人を罰金千五百円に拠したのは相当で、その量刑が不当であるとは考えられないから、論旨はこれを採用しない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い本件控訴を棄却し、同法第百八十一条に則り当審における訴訟費用は全部被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 猪股薫 判事 鈴木進)

弁護人控訴趣意

第一点原審判決ハ事実ノ認定ニ誤アリ。

原審判決ハ其ノ理由ニ於テ「矢庭ニ雄治ヲ自転車カラ引キ下シサマ平手デ同人云々」ト認定シタルモ訴訟記録二十四枚目ノ被害者タル村上雄治ノ公判ニ於ケル証人トシテ検察官ノ訊問ニ対シ「自転車ニ乗タ儘大山サンノ表ノ前迄引返シテ自転車カラ降リタトコロ大山サンハ「人ノ子供ヲ引イテ黙ツテ行クヤツアルカ」云々ト陳述シアリテ被害事実ヲ誇大ニ表現スル被害者自身ガ明確ニ引返シテ自転車カラ降リテカラト述ベ居リ被告人モ又被害者ガ自転車カラ降リテカラ文句ヲ云ツテ平手デ殴ツタト主張シ居ルニ不拘

原判決ニ於テハ此事実ヲ誤認シテ判決ヲ為シタルモノナルニ付破棄ヲ免レザルモノト信ズ。

第二点原審判決ハ刑ノ量定重キニ過グルモノナリ。

一、原審判決ハ本件被告ノ行為ニ対シ暴行罪ヲ以テ罰金壱千五百円ニ処シタルモ燒野ノ鶏子夜ノ鶴ノ例ノ如ク子ヲ思ワヌ親親ヲ思ワヌ子思想風俗習慣ヲ異ニスルモ洋ノ東西ヲ不問同ジカラズヤ、殊ニ子ノ為メ身ヲ犠牲ニスル情愛ハ我日本ノ古来ノ美風ニシテ如何ニ戦ニ破レタリトハ言ヘ、日本民族ノ美点ハ永久ニ盛育テテ行クベキモノト信ズル。

其所謂目ニ入テモ痛クナイ我子ガ目前ニ自転車ニ轢倒サレ血ダラケニナリ泣サケブ姿ヲ見タル場合、ヨシ其ノ傷害ノ程度ハ後日科学的ニ大シタ事ナラズトスルモ其程度ノ判明セザル目前憤怒悲痛ニ絶エザル者ガアルト言フベキナリ。而モ其愛シ子ヲ轢キ負傷セシメタル犯人ガ一言ノ詫言モナク素知ラヌ顔ニテ逃去ラントスル現状其者ニ対スル憎シミハ倍加サレルハ理ノ当然ナラズヤ、其犯人(本件ニテハ被害者)ヲ平手ニテ二度ヤ三度殴リタリトテ直チニ刑法上ノ罪人トシテ処罰スルガ如キハ法ノ精神ニ反シタルモノト信ズ。本件ノ如キハ今後ニ対スル注意ヲ与ヘテ不起訴ニスベキガ当然ニシテ仮リニ常軌ヲ逸シタルト認定サルベキ事態アリト思料スルモ拘留又ハ科料ニ処スベキ事案ナリ。

然ルニ原審ニ於テハ街ノ不良徒業ノ暴行或ハ傷害ト同ジク処断シタルハ其ノ量定重キニ過ギ破棄ヲ免レザルモノナリ。

二、而モ本件ニ於ケル轢逃ノ犯人ニシテ被害者タル村上雄治ハ証人佐藤慶一郎医師ノ証言ニヨレバ記録五十五枚裏六行目ヨリ「別ニ傷害ノ痕跡ハ認メラレマセンデシタ」「其レデ村上ガ診断書ヲ呉レト云ツタノデスガ私ハ何処モ傷害ノ痕跡ガ認メラレナイカラ診断書ノ書様ガナイ」云々ト陳述シ、更ニ若イ者ガ数人酒ニ醉ヒ被害者村上雄治モ酒ヲ呑ミ居リシ風ナリトノ証言ニ依レバ、事件直後被害者村上雄治ハ若イ者等ト自宅ニテ酒ヲ呑ミ十数年来懇意ノ証人医師佐藤慶一郎ニ被告ヲ告訴センタメ異情ナキニ不拘傷害アル如ク診断書ヲ作成セシメントシタルハ明カニシテ、而モ該佐藤医師ガ被害者等ノ要求ヲ聴サレシタメ直チニ本件原審証人重信元馬医師エ診断ヲ受ケ診断書ヲ作成セシメテ告訴シタルモノナルハ之又明カナル事実ニシテ、係ル被害者ノ悪辣ナル行為ニ基ク本件被告ニ対シ原審ニ於テノ判決ハ重キニ過ルモノナリト言ザルベカラズ。

三、被告ハ過去ニ於テ早稻田大学在学時代ヨリ拳闘及柔道ノ選手トシテ活躍シ、柔道六段ニシテ戦後満洲ヨリ引揚シ以来札幌自治警察滝川西高等学校等ニテ柔道、拳闘ノ教師講師トシテ斯道ニ尽力シ来リ、今某高等学校ト警察予備隊教官トシテ交渉アリ、其何レカニ就職セントスル矢先ナルニ、本件ノ為前科一犯トナリテハ就職モ不能トナルモノナリ。故ニ原審ニ於テ被告ノ前途ノ為科料刑ヲ以テ被告人ノ再生ヲ求メタルニ遂ニ判決ハ罰金刑ニ処セラレタリ。

願クハ原審判決ヲ破棄サレ自判以テ恩情アル御判決ヲ求ムルモノナリ。

第三点原審判決ハ其理由中ニ食違アリ。

原審判決其ノ理由中、証拠トシテ採用シタルハ証人村上雄治、同重信元馬、同神藪キヨ、同石川長子ノ検察官申請ノ証人ノミニシテ弁護人申請ニ係ル証人佐藤慶一郎及塚西同村上四郎ハ採用セズ。

而モ殴打直後診断セル証人佐藤慶一郎医師ノ証言ニ拠レバ被害者ニ何ラ傷害ナク原審判決ガ証拠トシテ採用シタル証人重信元馬医師ノ証言ニ依レバ被害者ニ胸部肋骨ニヒビガ入リ三週間ノ治療ヲ要シ被害者ハ十日位通院治療シタリトノ証言ナルヲ以テ之ヲ採用スル。

原判決ハ傷害罪ノ認定セザルベカラザルヲ平手ヲ以テ数回殴打シ以テ暴行ヲ加ヘタリト暴行罪ヲ以テ処断シタルモノナリ。依リテ本件ハ破棄ヲ免レザルモノナリト言ハザルベカラズ。

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